ビクターと夢見るアンリに恋をした話。

 

どうも、フランケンロスを拗らせている民衆Aです。(だから違う)

 

この頃様々な情報に踊らされている世の中を見ると集団心理ってやっぱり怖いなと思うと同時に、アンリやエレンの処刑だって真偽がわからないのに恐怖からこうだと決めつけてしまって正しい情報を判断できなくなってしまう、目の前に見える”正義”がすべてだと思って突き進んでしまう人間の弱さは今も昔も、現実も演劇の世界でも共通認識なんだなと。

 

ってそんなことを書きたいのではありません(笑)

堅い話も真面目な話も専門外の脳が燃えた系フラロスおたくなので考察とか色々やりたいことはあるもののまずこの気持ちを整理して、燃えた脳を再生して(んなことできるんかい)またゆっくりフランケンシュタインのことを考えたいなあと思いパソコンに向かっている次第です。

ひたすらに私の解釈と好きなことしか言いません。真面目な話もしません。

とにかくあそこが好きだとかあそこのシーンはああだとか、何も考えずにただひたすら書き連ねます。要するに思い出話をダラダラするだけです。なので、ぜひ読まないでください(?)

 

 

そもそも私がフランケンシュタインをここまで拗らせてフランケンシュタインの亡霊になってしまったきっかけって度々言っているように3年前の日生劇場での出来事だったわけなんですよ。

本当に当時はかるーーーーーーい気持ちだったんです。

当時大学生だった私は他界隈でがっつりおたくしつつ学生しつつ見たいな状態で、お芝居を観ること自体は好きだけど劇場に足を運ぶ余裕も勇気もなかったんです。(年齢バレるけどスルーしてください…)

 

あるとき、軸足を置いていた界隈で仲良かった友人にそっと勧められて加藤和樹氏を見始めて。(友人が俳優の沼に落としたいと考えていたことは露知らず)

ちょうどそれと同じか少し後くらいに大学で映画の「フランケンシュタイン」を観て。でなんとなく「フランケンシュタイン」というワードが頭に残っていたんです。これが2016の夏〜秋にかけての話。で、紆余曲折色々あって初演の真っ最中、日生劇場の前を通ったんです。でミュージカル「フランケンシュタイン」が上演されている、加藤さんも出ている、ちょっと気になるな…?と思ってチケットを取ったのがきっかけでした。

 

結果としては友人の思惑通り俳優の沼に落ち、観劇の虜になり、こうしてフランケンゾンビが爆誕したわけなのですが、これが私にとっての「運命」だったのです。

日生で見たのももうほぼ終わり(1月末)とかだったので、もちろん増やすこともできず、見終わった直後というよりかは見終わって少し経った後からじわじわと効いてくるそんな感覚でした。

というか、観た直後は鈍器で頭をぶん殴られてそれこそ脳が燃えてしまった状態だったので、「すごい、すごいものを見た…」という感覚しかなくて。少ない観劇経験の中で、1幕終わりに大号泣して、2幕終わりに力が抜けたのは初めてだったんですよね。まぁ今でもそんな作品はフランケンくらいですが(笑)

 

私が初演に見たのはあきかずだったのですが、あっきーさんビクターは本当に天才で(歌唱力云々含めて)私みたいな若輩者には近寄りがたかったというか、本当に神みたいな存在でした。なんだろう、推すとかそういう次元じゃなくて信仰対象だと思ったんだよね、あの時。なんてったって神なので。いや今でも思ってるけど!!!!

 

とにかく観終わってから自分の中でいろんな感情が渦巻いて、いろんな要因も重なってアンリ・デュプレに魅了されて、まさに君夢状態でした。ビクターと夢見るその瞳に私は恋をした(?)

 

もっとアンリのことを知りたくて、アンリとビクターの創る世界を見たくて、気づいたら「再演して…」ってなってました。(ゾンビの誕生です👏)

 

そこから3年、私も生きるステージが変わって、多少は大人になって(?)、迎えた再演。

今でも終わったことが信じられないし、フランケンを観に行かない、劇場に行かない週末がまだ慣れません。

が、振り返って思うことはただ一つ「再再演して…」(結局それかい)

というのは冗談で、ひたすらに楽しかったな、と。

 

そんな気持ちをここで書き留めて、来たる再再演(来るのか!?)の時に読み直したいなぁなんて。

まぁふせったーとかにも残しているのですが、まとめ的な感じで。

ちなみに考えたいことも沢山あります。

今だと例えば登場人物それぞれの「運命」について、とか。各ペアにおけるビクターアンリ像の違いとか、その違いによってジャック怪物に及ぼす影響とか。空白の時間(戦場〜ジュネーブ帰還とか、帰還してから酒場の夜までの間とか、怪物が逃げてからの3年間とか)のことも考えたいし。

 

ただそこにたどり着くにはまだ時間が必要そうで。というのも、なんだろう日常が辛いというか、あっきーさんが大千穐楽の時に挨拶で話されていたように「日常とは違った体験」をこの2ヶ月間ずっとしていたので、日常を感じるとめちゃくちゃ辛くなるんですよね。(笑)

通勤中エスカレーターに乗っていると涙が出てきたり、ひたすら脳内で1人フランケンシュタインを上演してしまって君夢あたりで涙が出てきたり。あとちょうど東京と名古屋の間に旅行に行ったのですが、アンリとビクターにもこの景色見せてあげたいなと思ったり。この2ヶ月間、全てがフランケンシュタインを中心に回っていたので、まだ気持ちの整理がついていないというか。ずっとフランケンシュタインの話をしていたいけど、頭の中がぐちゃぐちゃみたいな気持ちなのでゆっくり整理して自分の中で1つずつ噛み砕いていけたらなという気持ちです。

 

ここまで書いてきてなんとなく各ペアの考察というか、しっかりしたものはまたゆっくり書きますが、軽い気持ちみたいなのまとめたくなったので行きます。(めちゃくちゃ自由)

 

初めてかきこにを観た日(1/19)のふせったーでも少し話したのですが、各ペアによって年齢設定というか距離感の近さとか互いに抱いている感情が違うなと思っていて。

もちろんそこから各ペア本当に変化していて、当時はあきかずのアンリはビクターを信仰しているとか、あきこにのアンリは少し後ろに引いているとか、かきかずは切磋琢磨してきた友とか、かきこには「共依存」だとか書いていますが実際に大千穐楽まで観て、各ペアを私なりに表すとしたらなんだろうと考えていて。

 

 

あきかず「強い愛で神化したVictor(勝利者)」

あきこに「運命が引き起こした壮絶な悲恋」

かきこに「互いを補完し合い愛を見出し創造主に"なろうとした"弱き男たち」

かきかず「幼き2人の全身全霊の恋、そしてすれ違い、地獄。」

※なお上から救いがある順(私の感覚で)

 

まだしっくりきていない部分もあるしうまく言葉に収まっていないけどこんな感覚で。

 

とりあえずあきかずの話からしたいと思うんですけど、1/19の時点で感じていた信仰心みたいなものって、確かにその辺りまではあったんですよ。ビクターも孤高の天才だったしアンリはアンリで勝手に憧れて崇拝している感じ。掛け違えたボタンみたいにうまく2人の方向性が重なっていなかったというか、同じ夢を見ているというより夢を見ているビクターをフィルターにして夢を見ているという感覚で。だからあの時点では生命創造に成功するなんて1ミリも思っていなかったし、ここがフランケンシュタイン再演の中で一番ハッピーエンドで、なんならエンディングを変えてしまうペアだとは思っていなかったんです。(全ペア1回ずつ見終わった直後はあきこにが一番ハピエンで生命創造に近いと思っていた)

それがSP公演(加藤和樹ver)経てまず中川ビクターが孤高の天才から人間界へ足を踏み出していたんです。多分それが大きな要因だと思うんだけど、アンリと出会ってからもどこかずっと独りだったビクターが、アンリ・デュプレを友人として認識してともに歩を進められるようになってきた。だからこそ、2人は"同じ夢"を共有して"同じ未来"をともに見られたし、その結果が1/26であり、2/15であり、その集大成が大千穐楽なんだろうな、と。

東京公演中に中川ビクターは1人より2人の力であることを理解したし、自分自身を"特別"だと自覚したんだと思う。そんなビクターに感化されるように加藤アンリもビクターを崇め奉るだけではなくて、ビクターを"特別"だと認識して、彼とともに夢を見て彼の背中をしっかり押して2人で神に挑んだ。

鬼に金棒、獅子に鰭、中川ビクターに加藤アンリ。ですね。

 

前半は神に挑むビクターとそれを応援するアンリという構図だったのが、終盤に向けて神に挑むビクターと同じ夢を見て共に神に挑むアンリに変化した。だからこそなのかなと今振り返ってみて思います。そして4ペアの中で一番このペアが変化が大きかったなと思います。まぁ一番回数見てるからなのかもしれませんが。笑

だから「強い愛で"神化"したVictor(勝利者)」というフレーズで今のところは落ち着いています。もっといい言葉ないかなって探しているんですけどね。

 

さて次に「互いを補完し合い愛を見出し創造主に"なろうとした"弱き男たち」(かきこに)の話を。

ここは本当に「共依存」という言葉がぴったりのペアで。それは初見からずっと変わっていません。そしてやっぱりこの2人は対等なんですよね。そもそも小西アンリには階級とかそういった概念は存在していませんし、柿澤ビクターも小西アンリを冒頭から(なんなら存在を認識した時から)"アンリ・デュプレ"という1人の人間として認識しているので、対等になるのかな、と。少尉、大尉と呼んでいるのは他人行儀というか距離感を図っている段階だからなのかなとか。ここは本当に出逢った瞬間"運命"だと思った。感が強くて頭をかかえる。あきかずがビクターの背中を支えるアンリという話をしましたが、かきこにはお互いの背中に自分の背中を預け合うビクターアンリなんですよね。アンリは自分の弱さ(あと一歩が踏み出せない弱気な部分)をビクターで補っているし、ビクターは"孤独"に対しての恐怖をアンリで補っている感じ。(ビクターがアンリで補っているものについてはまだぼんやりとしているからもう少しじっくり考えたい)

とにかくここの2人は運命の出逢いをして、2人で1人の人間になって、創造主に"なろうとした"んだよね。2人で1人で互いに支え合っているからどちらかを失えばもう片方は立っていられない。だからアンリはこうなってしまった運命を呪いながらもその時点で取れる最良策としてビクターの夢の中で生きると伝えるし、ビクターはビクターでアンリを自分の夢の中で生かすために生命創造する。ま、生まれたのはアンリの顔をした怪物だから絶望しか生まれないんですけれども。かきこにのビクターって多分怪物にアンリがいないってなった時点で自分も死のうと考えていそう。でも自分で自分の命を断ち切る勇気もないし、怪物だけど顔はアンリだからどこかで期待もしてしまっているから、最終的に自分の心の中にアンリを作り上げてそれにすがって3年間生きていそう。だから怪物と再会した後も怪物の中にアンリを追い求めている。アンリはアンリで誕生の瞬間はともかく早い時点で怪物はアンリ・デュプレを自覚して、共存している。怪物として復讐しているんだけど、ビクター見ると怪物の中でアンリ要素が強くなってしまうし、最終的にここの2人は2人で一緒に死んでいけるのでそこが地獄だとしても彼らにとっては楽園で幸せなんだろうし、きっと来世でも幸せに生きていく。確信できる。

だから日々3周回ってハッピーエンドと言っていたのです。(笑)

 

ここまで正規ペア(言い方はあれですが)の話をしてきたのですが、ここが公式なのも頷けるなあと思っていて。というのも、ここの2ペアは目指す未来が同じ方向なんですよね。

2人の視線がしっかりあっていて、同じ未来を見据えている。物語をまっすぐ受け取れる組み合わせだなって感じました。うまく表現できないけど。

 

あきこにかきかずは"すれ違って"しまっているんですよね。どこかで。

だから「運命が引き起こした壮絶な悲恋」(あきこに)だし「幼き2人の全身全霊の恋、そしてすれ違い、地獄。」(かきかず)なんです、私の中では。

 

まずかきかずには"言葉"が圧倒的に足りていなかった。かきかずのビクターもアンリも肉体的にはいい大人なはずなんだけど、どこか精神的に幼い2人で。お互いきっと幼少期に愛に触れてこなかったんだと思う。幼いからこそ体当たりで互いにぶつかり合っているんだけど、大事なことを「言葉」にしていないと思う、かきかずは。

話自体はたくさんしていると思うんだけど、大切な気持ちを絶対に言葉にしていない。

「口に出さなくてもアンリ(ビクター)は理解してくれている。(言葉にするの恥ずかしいし)」は大間違いだぞ!!!!と叫びたい。

本当に兄弟みたいなんだよね。やっぱり関係性が近くなればなるほど大切なこと(例えば感謝とか)って口にしづらくなる。私自身もそうだし。

どちらからも言いづらくなってしまって、なんとなく理解しているようでできていない。だからビクターはアンリが自分の身代わりになって死ぬこと(しかもアンリがそれを良しとして、受け入れていること)を受け入れられないし、アンリはアンリでビクターが生きてこその未来だと思っているのでビクターも受け入れてくれるに違いない、夢の続きを成し遂げてくれるとめちゃくちゃ信じて死んでいく。まじでエゴでしかないし、かきかずの君夢は他の人も言っているけど「呪い」でしかない。神も驚くすれ違いを起こしてしまった2人にはコミュニケーションが足りないとマジで思うんだ。大事だよ、話し合い。

そんなだから、アンリが首落とした時点でビクターは死ぬし(精神的に)、蘇らせたアンリはアンリじゃなくて怪物なのでまたビクター死ぬし(精神的に)、北極でもアンリに会えるかと思いきやALL怪物で滅多刺しにされるからビクター死ぬし(精神的にも肉体的にも)、アンリはアンリでアンリとしての自我が怪物の中にあるはずなのに、怪物の力強すぎて一切出てこれないし、なんならビクターの死を見てからアンリは死んでいそうなくらい最後まで怪物の中でアンリは死ねないのでやはり絶望だし、精神的に殺されているし、救いがないんだよな。大地獄製造機(だから言い方)は懲りずに毎回地獄を生み出して2人でヘロヘロになってカテコで魂抜けちゃうんだな。

でもビクターアンリの関係性としてはめちゃくちゃ好きで、男子校のノリというか、男兄弟のノリじゃないですか、完全に。いい兄貴とちょっと甘えたな弟。ずっと強い兄でいようとした加藤アンリがすごく好きだしカッコよかった。そんな兄が好きで好きでたまらなくてひっそり憧れている子犬みたいな弟ビクターがめちゃくちゃ可愛くて好きだった。

酒場のシーンだけ切り取ったらかきかずが1番すきかもしれ…いやそんなことはないな。あきかずもかきこにもあきこにも好きだから…やっぱ一番とか決められないですね☆

 

最後に話をしたいのがあきこになんですけど、わたしみなさんが想像している以上にあきこにが好きで拗らせてます。まじで。もっと見ておけばよかったって後悔するくらいには。

 

そんなあきこにには"時間"が足りなかった。

かきかずが幼い2人の恋だとするならば、あきこには拗らせまくった大人の初恋みたいな。とにかく2人とも不器用なんですよ、中川ビクターも小西アンリも。お互いの夢とか信念とかに惹かれあってはいるものの絶対にお互いに見せない。ただ一つの未来もこの2人だけはあからさまにおちました!!!!みたいな瞬間がなくて。でも信頼関係はものすごい深いものだと感じていて。アンリはビクターの夢にものすごく共感しているし、ビクターの思い描く未来を実現したいと考えている。そのためならなんでもできる、だってビクターだから。という感じだし、ビクターもアンリと夢見る世界をこの手で作り上げる必ず。2人で。アンリがいれば成功する。みたいな感じ。でもお互いそれを口にどころか態度にも出さないから意志の共有ができていないんだよね。目指すところは同じだったはずなのに、歩幅が違ったというか。かきかずはもうそもそも目指す先が違ってしまった物理的な(って言ったらアレだけど)”すれ違い”なのに対してあきこには出会うはずのものが出会わなかった"すれ違い"なのかなって。

相手に対する信頼とか憧れとか尊敬とかそういうものが大きくなりすぎてどう扱ったらいいのか、どう伝えたらいいのかわからない、お互いがそんな感情であるからこそ、運命の出会いをした悲恋。なんだよね。しかも自分自身がそれを自覚できていないから余計に悲しい。

時代が違えば、出逢うフィールドが違えば、必ず幸せに笑いあえた2人があの場所で出逢い、"生命創造"という神の領域で出逢う「運命」こそが彼らにとっての「呪い」だし、あのタイミングで事件が起きてしまったことも「呪い」だと思う。

酒場でやっと酒を飲んで少しだけだけど気持ちを吐露できたというか、あそこでやっと友人としての一歩を踏み出そうとしていたのに、あんな事件が起きてしまうのが絶望。(まあ事の発端はビクターだけど)

アンリはあの場でビクターを庇ったこと自分の行動に対して牢屋でビクターと対峙してやっと理解した(多分本能的に庇った)し、ビクターも「アンリが自分にとって唯一無二の存在でかけがえのないパートナー」であったことを♪僕は殺人者の葛藤〜君夢あたりで理解するから本当に時間が足りていない。臆病な2人は一歩進むのに、時間がかかってしまうんです。だから神様、時間をください、あきこにに!!!!!!!!

残酷な運命は2人を引き剥がすわけですが、お互いがお互いの心の中できっと繋がっていて、ビクターもアンリを心に生かして生命創造へと向かうし、生まれた怪物の中にいるアンリもビクターを心に生かして「またもう一度会える」と信じているというか、なんだろう、小西怪物はかきこにの時にも言ったようにアンリと怪物が共存している感覚で、かきこにの時よりもアンリエッセンスが強いというか、怪物としてビクターに復讐している時もどこかに心を痛めているアンリが見えるんですよね、あきこにの時は。

でも結局信頼が根底にある2人なので、最終的には死んでも死ななくてもハッピーエンドというか、と言っても私が見たの3回なんですけど、そのうちもう一回創造するわってなったの2/14のバレンタインデーの魔法だけなんですけど。

でも名古屋の日は彼らの深い信頼が起こした奇跡だったし、他の2回は北極でビクターも怪物も死ぬけど、お互いがお互いを引き寄せて、最後に再会できて幸せに死んでいく2人だし、ここのペアには来世でも地獄でも幸せにな!!!!!!って叫びたくなる、本当に。

1番ドライに見えるし距離感も感じる2人だけど、見えない絆は1番強いと思えたあきこにが円盤化されないのやっぱり納得いかない。(結局そこに戻る)

 

 

 

ここまでだらだら感情が赴くままに書きましたが結局ロスを拗らせただけでした。

(ちなみに恋だとか愛だとかめちゃくちゃ言ってますが恒例のアレです、俗物的な意味じゃなくってやつです。)

そして1週間経っても全く気持ちに整理がついていないんだなと笑っています。まとめにもなってないし、ひたすら4ペアのことだらだら書いてただけだしな。(笑)

 

書いているうちに推しペアが決まるかなと思いましたが、やっぱりどのペアが一番とか決められなくて、全部好き!(強欲)

でも私の生みの親はあきかず(初演)です。ありがとう、3年前のあきかず。そしてよくやった3年前の自分。

 

フランケンのことはまたゆっくり自分の中で噛み砕きながら色々と考えていきたいですし、しばらくはロスを引きずりフランケンの話しかしないと思いますが、温かい目で見守るかそっとフォローを外してくださると嬉しいです。

 

こんなご時世に大千穐楽まで駆け抜けられた喜びと奇跡を胸にそっと抱えて明日からも頑張ります。